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2006年11月 6日 (月)

理性の天使と悪魔(続き)

(前回:2006/11/3からの続き)

『理性的な人』という時の『理性』には、『人生の主人公としての自分』を考える時、2つの側面を持っています。

一つは、いろいろな誘惑・誘導に対して、『主人公としてのあなた』に自ら判断と納得を促す『天使の側面』

もう一つは自分の選択/行動結果に対する『怖れ』に対して、慰め/言い訳を用意する『悪魔の側面』

『理性』という言葉で一般的に表現されているものは、意外と厄介なものです。人は、『周囲から悪く思われたくない』/『自分自身が後悔したくない』と思うものですよね?

決断を迫られる瞬間には、少なくともこの二つが頭をよぎるものです。そこに現れるのが『理性の悪魔』(ーー;)

さて、簡単でありがちな例を見てみましょう

○あなたには、最近、今までにないくらい、好きな人が出来ました。しかし、その人には付き合っている人がいます。

これだけの状況であれば、半数以上の人は、『告白してみる』ことを決断することは難しくないですよね?

○加えて、その人が付き合っているのは、あなたの親友です。

この状況になったとき、ほとんどの人は『悩む』のではないでしょうか?

この時、『親友の恋人を奪うことは良くない』と理性的な判断をしたとしましょう。確かに、言葉の上でそれは倫理的であり理性的に見えますね。でも、心の底にはこんな思いがありませんか?

※親友の恋人に気持ちを伝えて、親友とも関係が悪くなって、しかも相手からも断られたら何も無くなってしまう・・・、仮に告白が上手くいっても、親友とのことで気まずいことになってしまうんじゃないか・・・

こういう結果への『怖れ』に対して、『理性の悪魔』は先ほどのような『理性的な判断』を用意します。でも、考えてみてください。この判断の中には、『人生の主人公としてのあなたの想い』や『人生の主人公としてのあなたの本当の幸せ』に視点を置いた考えが十分にあるでしょうか?

周囲への配慮は大切なことです。でも、『人生の主人公としてのあなた』の想いは、あなたにとってとても重要な問題ではないですか?

あなたの存在なくして、あなたの人生はあり得ませんよね(^_^)

『理性の悪魔』が囁いた時、一度は『自分が主人公』であることを思い返してみて下さい。

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