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2010年10月28日 (木)

モデルの崩壊と再生

今日はウロボロスの幻惑シリーズを少し離れて、違う話をしてみます。

幻惑シリーズのはじめにの中でも少し触れてますが、幻惑は決して『悪い』というものではありません。
それは、今までの社会構造のなかでは、一つの指針を生み出すものとして重要な役割を果たしてきたものでもあります。

ただ、ニューエイジ系の方々が唱えてきた言葉を借りるなら、アクエリアス時代に突入したなかで、幻惑は受け取る側にとって『暴走』の様な形になってきたということです。

アクエリアス時代は、長らく唱えられながらも具体的な動きは顕れてきませんでした。
しかし、先進国をはじめとして、携帯電話など個を主体とすることが可能な環境インフラが整いはじめ、集団から個への環境移行が自然と起きはじめました。

そのなかで、現代まで集団としてのモデルは、個のモデルとしては機能せず、かつてのウロボロスを操る者たちは新たなモデルを作れていないということです。

そこにはモデルの崩壊があり、いまからまた新たなモデルが再生されるまで移行期の混乱があります。

今はモデルの崩壊と再生の時期のようです。

「人生の主人公は、あなた」今日も活き活きと過ごせますように

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